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2016年07月08日

コンピューターウイスルは人に伝染るのか?

「コンピューターウイルス」という言葉は、初めは比喩として使われていたものだが、やがて「ウイルス」と訳されるようになり、わざわざ「コンピューターウイルス」という方が何だかNHKっぽい変な響きになるようになった。

コンピューターウイルスと呼ばれているものと、本来の意味でのウイルス(以下、「()ウイルス」とする)の共通点は、
  • 個体に危害を与える。
  • 個体間で感染する。
という二点にあると思うが、これは本当に正しい比喩だったのだろうか?

コンピューターウイルスという言葉が使われ始めた当初は、「それは人間に伝染るんですか?」と心配する声がかなり多かったようだ。
白状すると、僕も最初、その言葉だけを聞いた時に同じ心配をした。(笑)

人工知能について考える場合、「コンピューターに知能を持たせる」という考えとは逆のベクトルに、人間の脳をコンピューターで置き換える、というものがある。精神転送(精神アップロード)や脳のバックアップなどといったサイバーパンク的な発想のものや、さらに人工汎用知能、人工生命などの実現を信じている者にとっては、「それは人間に伝染るんですか?」というのが笑い話ではなくなる。

つまり、()ウイルスとコンピューターウイルスを言い分ける必要がなくなるかもしれない、という考え方がある。
僕はこの考えには反対だ。

そもそも「コンピューターウイルス」というネーミングが良くなかった。

()ウイルスは、生物の細胞に入り込んで自らの複製を作る、というもので、つまりは個体のハードウェアに物理的な影響を与えるものである。
()ウイルス自身は「細胞を持っていないので生物の定義には当てはまらない」という考え方もあり、未だにそれが生物なのか否かという結論は出ていない。
生物の免疫との闘いの中でそれは生物の何倍もの速度で進化を繰り返し、免疫に勝てるものになることで生き残ろうとする。

これは、生物の定義に当てはまるか否か、という問題を抜きにして、「生命体である」と言っていいものだと僕は思う。戦略的に進化をすることによって生き残ろうとする意思を自ら持つことは生命のひとつの側面である。

一方コンピューターウイルスは、悪意のある愉快犯プログラマー(「愉快な犯」ではない)がプログラミングすることによってできるものである。それを駆除するワクチンソフトが作られても、それに勝てるように作りなおすことで、ワクチンソフトを無効にし、さらにその新しいバージョンに対応したワクチンが作られ、というイタチごっこが繰り返されている。
これも一見「進化」に見えるが、コンピューターウイルス自身の意思による進化ではなく、それを作った愉快犯プログラマーによるものである、という点でコンピューターウイルスは自ら戦略的に進化する意思を持っているとは言えず、生命体であるとは言えない。
つまりそもそも「コンピューターウイルス」というネーミングが、コンピューターウイルスの本質を正しく表せていなかった、ということである。

「人工」の反対言葉を「天然」として、「天然コンピューターウイルス」というものがあるとすれば、それは()ウイルスとは異なるものである。
卑近な例でぱっと思いつくままに書いてしまえば、それはたとえばサブリミナルメッセージのようなもの。
つまり、生命個体にとってのハードウェアである肉体に物理的な影響を与えるのではなく、ソフトウェア、つまり精神や思考、魂、心などといわれるようなものに影響を与えるものになるだろう。

このような天然コンピューターウイルスまでをコンピューターウイルスとするのであれば、「コンピューターウイルスは人に伝染るのか?」という質問の答えは、「あり得る」である。

そして精神転送、脳のバックアップ、人工汎用知能、人工生命の実現を信じている者にとってこれから心配すべきことは、「()ウイルスはコンピューターに伝染るのか?」である。

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myinnerasia at 08:03│Comments(0)コンピューター科学 

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