2016年09月

2016年09月23日

ロボットのことを"ボット"と呼ぶことがある。

「ロボット」という言葉を聞いた時に、普通に想像する、機械の体を持つものを「ロボット」と呼び、ソフトウェアのみで、体を持たないものを「ボット」と使い分けているような気もする。
普通、「ボット」という時は、体を持つロボットのことは言っていない。

この体を持たない「ボット」はどういうところにいるのだろうか?


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myinnerasia at 08:08|PermalinkComments(0)メタロジック 

2016年09月22日

スクリプトとアドリブ」について書いた後で、「スクリプト言語」と続いた流れから、今度は「アドリブ言語」について書く、ということになる。(はぁ?)

「アドリブ言語」というものはない。
プログラム言語というものは、プログラマーが意図したことをプログラムに書き、そのプログラムに忠実に処理をするものである。たとえばそれがゲームで、「サイコロを振る」という要素があったとしても、そこで「1から6のデタラメな数字を出力」というプログラマーの指示に忠実に従って処理がされる。

ここで、存在しない「アドリブ言語」というものを妄想してみよう。
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2016年09月21日

「アドリブ」について書くために、「スクリプト」という言葉を使ったが、プログラマーにとって「スクリプト」という言葉からは、「スクリプト言語」という言葉が最も連想しやすいものである。

自意識の高いプログラマーは、「スクリプト言語」というものをどこかで軽視しているふしがある。僕もそうだ。

つい先日、僕が仕事で作ったプログラムを、プログラマーではない人から、「あのスクリプト、ここでも応用できませんかね?」というようなことを言われ、内心ムッとした。
本人はまったく悪気がないのは分かっているのだが、しっかりとオブジェクト指向設計をして、排他処理(*1) もしっかりやって、メモリをできるだけ節約する設計にし、高速に処理するアルゴリズムをじっくり考えて作ったものを「スクリプト」と呼ばれると、なんだかゲンナリしてしまう。

自意識高い系のプログラマーが皆持っているであろうこの、「スクリプト言語」への変な感覚は何なんだろう?

*1 排他処理: 複数のプログラムが同じものを同時に変更しようとしておかしなことになるのを避ける処理。 続きを読む

2016年09月20日

ジャズの醍醐味はアドリブにある。
譜面通りに演奏するジャズはつまらない。
これはお笑いや演劇など、時間を持った芸に共通するものだろう。

緻密に創られたスクリプトがあって、その場の空気やノリによって、少しだけ変化を加えること。
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myinnerasia at 08:35|PermalinkComments(0)創ることについて 

2016年09月16日

かつて現代音楽の潮流に「偶然性音楽」というものがあった。
それまでの音楽にあった「楽譜」という予定調和を超えて、作品を偶然性に任せること。
そのために、サイコロを用いたり、チェスの盤面にセンサーを仕掛けて、駒が置かれたらある音が出るような盤で実際にチェスをしたり、あるいは水槽にセンサーを仕掛けてその中で魚を泳がせる、といったものだ。

そして偶然性音楽は、アートにも拡がった。
「アクションペインティング」というものだ。

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myinnerasia at 08:18|PermalinkComments(0)メタロジック | 生命