アーティスト症候群:幻想が剥がされたあとにできるだけわかりやすく説明してみるという実験:プログラマーとは何をする仕事なのか?

2016年06月19日

YMO環境について語るときは音楽については語ってはならない

90年代のボサノバ(笑)カルチャーを彩ったSTUDIO VOICEという雑誌が「YMO環境以後」という特集で「YMO環境」という言葉を使ったこと自体は、すばらしいことであった。



YMO環境

YMOはただ音楽を提供するグループではなかった。
登場当初から、スネークマン・ショーの音声コントをアルバムの曲間に散りばめたり、THE MANZAIというお笑い番組に漫才師として登場したり、数々のパフォーマンスが音楽以外の領域に広がっていっただけではなく、YMOに繋がる周辺のあらゆるジャンルがそこに巻き込まれていった。

この時代の空気を「YMO環境」と名付けたことは正しい。

STUDIO VOICEの「YMO環境以後」特集では、「以後」といいながらも、まずはその「YMO環境」という時代を整理するところから始まる。

特集の冒頭に出てくる「YMO環境マップ」ははっきり言って「マップ」にはなっておらず、それぞれの関連性を繋ぐ線の意味が不明なところがあるものの、「YMO環境」に登場するにふさわしいあらゆるジャンルのあらゆる動きが網羅されている。
横尾忠則、中沢新一、ヨウジヤマモト、川久保玲、カフェバー、ビックリハウス、流行通信、糸井重里、村上龍、パルコ、ディスコ、、、

これらのキーワードはおそらくマップにすることに無理があったのだろう。
ただリストとして羅列するだけで十分だったと思う。雑誌的にはそれでは紙面が成り立たない、という気持ちはわかるが。

この時代の空気を知らない世代にとっては、あるいは当時、時代の空気にあまりにも無自覚だった者にとっては、これらのキーワードは「バブル」のキーワードにしか聞こえないものなのかも知れない。
確かにパルコ、西武などのセゾングループや、流行通信、広告批評、糸井重里などの広告業界は、それ以後のバブル経済を引っ張っていくものだあっただろうし、ディスコ、カフェバーという響きは、今の時代から振り返った時に「バブル」という言葉に感じるあるダサいイメージにぴったりくるものだ。

ここで重要なことは、ここに挙げたキーワードはいずれも、YMOが直接しかけたものではない、ということである。
中沢新一の本を小脇に抱え、ヨウジの黒くてブカブカの服を身にまとい、カフェバーで憂鬱そうにカクテルを飲む人は必ずテクノカットであったし、ウォークマンではYMOを聴いていた。

上記で挙げたキーワードは、「YMO環境マップ」から僕が作為的に抜き出したものだが、本当は、マップの半分を音楽が占めている。
もちろんYMOに繋がるミュージシャンが描かれているわけではあるが、「YMO環境」を語るのであれば、音楽について語るべきではなかった。

この特集は1992年のものである。当時はハウスの全盛期で、特集の中野細野晴臣のインタビューでもハウスについて語っていたりする。これは質問者が誘導したため、語ることになったものだ。
「以後」という言葉には、80年代のYMO環境のようなエコシステムの再来を夢見ているのかもしれないが、そこで無理矢理ハウスを取り出すこともなんか違う。 

「YMO環境のようなもの」を夢見て、当時の空気を語るのであれば、(YMOのものも含めて)音楽について語ってはならなかった。 


OLランキングで1位になりたい!賛同していただける方は下記をクリック!
にほんブログ村 OL日記ブログ ドジOLへ
myinnerasia at 10:01│ピキピキ | アジア
アーティスト症候群:幻想が剥がされたあとにできるだけわかりやすく説明してみるという実験:プログラマーとは何をする仕事なのか?