2016年06月13日
キリンスマッシュ:()シュールな作品はあるあるネタであるべきだ。
2700 「キリンスマッシュ」
ある日、めったにテレビを観ない僕がたまたまつけていたテレビで流れていたあるお笑い番組を観て
あっけにとられた。
キリンスマッシュ。
聞いたこともなかった芸人(2700)が、繰り広げる()シュールなギャグ。
言葉での説明が一切なく、それを観ているうちにルールがわかってくる、という逆育てゲー。
登場人物(人物?)がどういう立場なのかもよくわからないが、 特に象が音楽に合わせて踊ったり、
賭けに負けたらさらに大きく賭けて取り戻そうとしたり、どんどん興奮したり、という様が妙にリアルだ。
象だけど。
そして最後の賭けも一旦負けてしまって、すっかり落胆して帰ろうとしたところに、「敗者復活!」
みたいなものがもう一度ある、というところまで、とにかくこれはあるあるネタだ。
絶対にありえない光景だというのに、どこかで見たような光景を描くシュールなあるあるネタ。
()シュールなギャグ、()シュールな作品というものは、現実世界での文脈を外すことで、現実を超える
ものであるはずだが、そこには、「あるある」がないことには、最後まで鑑賞者と共感することが
できなくなる。
「鑑賞者と共感なんてできなくてもいいから、オレはオレの世界を描くんだ!」
というのは苦悩系(笑)である。
少なくともお笑いの世界においては、それが観客を笑わせることが仕事である以上、
()シュールなギャグは必然的にあるあるネタになる。
昨日取り上げた、板尾係長についても、()シュールなギャグでありながら、いかにも係長が言いそうな
ことを、係長的な口調で一言だけ言う、というあるあるネタでもある。
そして、お笑い意外の分野(アートなど)においても、()シュールな作品は、あるあるネタを目指すべきである。
たとえそこに(笑)いがない場合であっても。
苦悩系にならないために。